「新しい生活様式」に対応するH.モーザーの新・世界戦略

2021.05.28

2020年、全世界に未曽有の危機をもたらしたCOVID-19。時計業界も当然これまでの生産・販売体制から大きな変更を余儀なくされ、これまで開催されてきた様々なイベントや新作展示会などはすべてオンライン上で発表されることになりました。

そのようなコロナ禍における新しい生活様式の中、H.モーザーの現状と将来の戦略について本格時計専門WEBマガジン「Gressive」編集長である名畑 政治氏にインタビューしていただきました。インタビューは4月に初めてデジタルで複合的に開催されたWatches and Wonders (ウォッチズ アンド ワンダーズ)にて行われました。


新型コロナの影響で、注目度が高まる独立系ブランド

H.モーザーを率いる若きCEOエドゥアルド・メイラン氏。本来なら今頃は世界を飛び回り、イベントへの出席や取材で忙しい日々を送っているはずだった。ところが、新型コロナの影響でスイスからの出国もままならない。そこで今回はスイスにいるメイラン氏とネットを通してインタビューを行い、H.モーザーの現況と今後の展望を伺った。

まずメイラン氏に聞きたかったのは、新型コロナのH.モーザーへの影響だ。聞くところによれば、H.モーザーには大きな販売の落ち込みはなく、かえって売上を伸ばしているという。実際、どのような状況なのだろうか?

「基本的にはヨーロッパ以外の市場が好調です。なぜなら、ヨーロッパ各国では世界中からの旅行者が姿を消したので、その需要に頼っていた時計市場自体が低迷しているのです。逆に、北米や中東の市場が伸びています。そこでのトレンドはふたつあります。ひとつは独立系ブランドへの注目。多くの時計愛好家が、既存のメジャーなブランドから、独立系の個性豊かなブランドの製品に注目しているのです」

それはつまり、注目されている独立系ブランドにH.モーザーは属しているということか?

「そうです。そして、ふたつめのトレンドはセカンドマーケット、つまり中古市場です。現在、すでに多くのブランドが認定中古品の取り扱いを始めていますし、時計が投資の対象としても注目されていることから、各国でこの分野が伸びています」

好調なネット販売、認定中古の需要も高まる

2020年から展開を開始したH.モーザーの認定中古時計。本社と同様に国内ではNX ONE 銀座のみが取り扱っている。輸入元直営店だからこそ可能にした取り組みであろう。

確かに日本でもH.モーザーの認定中古品の販売が始まっており、こちらも好評だ。

「そうですね。そして、我々の認定中古は二種類の価格で販売されています。第一は販売時の小売価格より低い場合。第二がそれより高い場合です。これまで販売された認定中古品の価格を見ると、小売価格のマイナス3パーセントからプラス30パーセント程度の範囲でした。これを平均するとプラス8%ほど、最初に小売された時の価格より高い価格で取引されたことになります」

かつて販売されたモデルが、メーカーの整備を受けて保証付きで再び販売される認定中古。今は入手が難しい希少なモデルを求める愛好家にとって、この認定中古は見逃せない存在であることは間違いない。ではネットでの販売はどうだろうか?

「こちらも非常に好調です。ただし、我々としては取引しているリテーラー(小売店)の利益も考えないとなりませんので、ネットと実店舗での販売のバランスを重視しています」

とはいえ、これまでネット販売には馴染まないと言われてきた高額なモデルでも、徐々にネットで売れ始めているというが。

「ええ。すでに1万スイスフラン(日本円で120万円程度)以上のモデルがネットでも販売されています。また、ユニークピース(単品製作品)がネットで売れることも増えてきました。たとえばトゥールビヨンやMB&F(マックス・ブッサー&フレンズ)とのコラボレーション・モデルなどが、すでにネットで販売されたのです」

ユニークピースのような高額モデルがネットで販売されるとは驚きだが、逆に言えば、早いもの勝ちのユニークピースや少量生産の限定モデルは、スピードが命のネット販売に向いているとも言えるだろう。

ネットとブティックが連携したH.モーザーの新たなマーケティング戦略

ZOOMを介して行われたオンラインでのインタビュー。メイラン氏は我々の質問に的確かつスピーディに返答してくれた。

しかし、ネットでの販売も重要だが、日本には「NXONE」という直営店がある。今後、このようなブティックを日本の各地や世界で展開していく方向はあるのか?

「今、我々は世界的なネットワークを広げている最中であり、上海やドバイ、マイアミやニューヨークでも新たなブティックの展開を考えています。その意味では日本が最先端を走っている状態ですね。

私が考える直営ブティックとは、単なる販売拠点ではなく、実際にH.モーザーの素晴らしさを体験できるポイント。そのブティックで最新モデルや特別なモデルをお披露目することで実際に時計に触れていただきたい。つまり私はブティックをブランドを理解するプラットフォームとして活用したいのです。一方でZoomなどオンラインでユーザーと繋がることで、世界のどこにいてもH.モーザーの世界観を共有できるイベントも考えています」

ネットで世界中のH.モーザー・ファンと繋がる新たな展開。そこには楽しさと新たな発見に満ちているはずだ。

「でも、新型コロナの問題が落ち着いたら、日本に毎月でも行きたいと思っています。いや、これは冗談ですが、これからは、そうやってデジタル環境とリアルな体験とをかけ合わせていく必要があるでしょうね」

「ラグジュアリースポーツの分野はこれからも伸びていくはずです」

新しいアイコンとなりつつあるH.モーザーのラグジュアリースポーツウォッチ、ストリームライナー。世界的に販売が好調で納品が追い付いていないという。

話は変わるが、メイラン氏にもうひとつ伺いたかったのが、最近人気のいわゆる“ラグジュアリースポーツ”と呼ばれる分野について。今は活況を呈しているが、この人気は今後、どうなると予測しているのか?

「“ビーチからタキシードまで”と言われるように、ライフスタイルの多様化に合わせて使える時計としての“ラグジュアリースポーツ”の人気は、まだ始まりに過ぎないでしょうね。今後も、この分野はさらに広がり、多くのブランドが参入してくるはずです。それだけにH.モーザーも、自らの個性をキープしたモデルを作り、その個性を、より一層、際立たせなければと思っています」

なるほど。では最後に、これからH.モーザーでやりたいことや目標を伺おう。

「もちろん先進的な素材や新しいコンプリケーションに取り組んでいきたいですし、すでに数々プロジェクトが動いています。また、大学や独立した研究機関との間でも、非常に興味深いテーマに取り組んでいて、近いうちに発表できる段階まできているものもありますので、是非、期待していてください」

短い時間ではあったが我々の質問に対し、瞬時に、かつ的確に返答してくれたエドゥアルド・メイラン氏。このインタビューを通して、改めて今、H.モーザーの総帥としてメイラン氏の存在が不可欠であり、その就任はある種の必然であったと実感した。その意味で、一日も早く新型コロナの感染が収束し、メイラン氏と再び会える日が訪れることを願ってやまないのである。


インタビューアー紹介

文・名畑政治(なばた まさはる)氏

時計ジャーナリスト、本格時計専門WEBマガジン「Gressive」編集長。85年からフリーライターとしての活動をスタート。スイスのジュネーブやバーゼルで開催されるフェアへは94年から毎年取材を行う。また時計だけでなく、カメラ、アイウェア、ミリタリーアイテムなどにも精通し、時計専門誌や男性誌など様々な媒体へ執筆、幅広い分野で活躍されている。